今年は4月になっても花冷えのする日が続きましたが、桜はしっかりと満開になり私達の目を楽しませてくれました。桜も散り、欅並木の新緑が目立ちはじめた4月中旬の土曜日に、渋谷区笹塚にあるコーポラティブハウス「CURA」の日比野邸をお訪ねしました。
新宿副都心に程近く、生活利便施設も充実した笹塚ですが、甲州街道を一歩入ると、緑の残る住宅街が広がります。その一画に、地下1階地上6階建ての全18戸「CURA」が、洗練された佇まいを見せています。
「CURA」は、設計/株式会社ケイ・吉嶋プロジェクトパーティ、コーディネート/株式会社西洋ハウジング・有限会社ライヴ不動産企画、そして建設会社/丸二で平成16年春から推進したプロジェクトです。平成17年12月に竣工となりました。
日比野さんご夫妻は結婚されてからずっと初台にお住まいでした。御主人はテレビ局で番組制作の仕事を、奥様は大学で美術史を教える仕事を持ち、お二人とも忙しい日常を過ごされています。
「5年程前にマンション購入を考えて、利便の良いこの周辺をいろいろ見て回りました。しかし、分譲タイプは部屋が小さく区切られていたり、逆に広いと玄関にゴルフバッグ置き場など余計なスペースが有ったりして、納得の行く物件は見つかりませんでした。」と御主人。「3年近く探し続けましたが、どれも帯に短し襷に長しで一度は諦めました。」と奥様。
それから暫く経った平成16年5月、新聞に入っていた笹塚でのコーポラティブ募集の折り込みチラシに目を留めます。「笹塚で自由設計のマンションが購入できると言うことで、すぐに説明会に行き、土地を確認、即決しました。」と当時を振り返るお二人です。
「最初に組合を結成し土地探しから開始する純粋なコーポラティブ方式は、忙しい私達には負担が大きく参加は難しかったと思います。でも今回は、最初から土地も設計会社も建設会社も決定していて、コーディネーターが組合結成や総会開 催なども手順よく運んでくれました。とても合理的で、自分達の家創りに集中できました。」とおっしゃる御主人です。「参加者の多くが以前からこの周辺にお住まいで、この場所をよく知っている方々が選んだという安心感がありました。そして、物騒な都会でのマンション生活の中、入居者の方の顔が最初から見えていることは大きなポイントでした。」と奥様の言葉です。
約1年半かかった今回のプロジェクト、総会も10回程開かれました。総会前には、コーディネート担当の西洋ハウジングから、FAXや電話で現在出されている要望や意見の連絡が来ます。「皆さんがこだわりを持って参加されていたので、総会でも積極的な発言がありました。共用部分の廊下の素材を長尺シートから見栄えも耐久性も良いタイルに変更したり、地下の集会用スペースを物置に変更したりしました。建物全体についても、皆で飽きの来ない良い物を創ろうという意識が強かったですね。」と奥様。「何事も話合いによる民主主義的な決定は、皆さんが納得の行く結果に繋がり良かったと思います。分譲マンションでは諦めざるを得ない共用部分の提案もできました。」と御主人です。また、問題になっている欠陥住宅や耐震構造偽装に関しても、「18戸全員で最初の段階から建設現場をチェックできること、そして設計士や建設会社と顔を付合わせながら創って行くことが不安解消に繋がりました。」と御主人はおっしゃいます。
平成16年夏から日比野邸の設計が開始します。ケイ・吉嶋プロジェクトパーティの設計士が担当となりました。御主人は約80平米の四角いスペースをお二人の暮らしに合わせて活用するために三角スケールを買い求め、自ら図面を描いてみます。
「2ヶ月の間、図面を何枚も作ってみました。解らないことや困ったことがあるとすぐ設計士に電話して相談しました。鷹揚な方で、施主が遊んでいるのを見守りながら良く最後まで付合ってくれました。」と御主人。「手持ちの物が納まるように納戸や洗濯機置き場なども計算した設計です。クライアントのテイストを優先するスタンスで、とても柔軟な対応をして下さる設計士さんで助かりました。」と奥様です。無駄なスペースを無くした、開放感溢れる居住空間の間取りが実現しています。
素材にもこだわり、使い込むほどに味わいが増す天然素材を選択しています。「木材のショールームや珪藻土を扱っている会社へも足を運びました。実際に歩いてみたり、匂いを嗅いでみたり、現物に触れてみたりしたことが満足の行く結果に繋がっています。」と奥様。「素人ながら色々調べて提案すると、建築上可能かどうか具体的に答えてくれました。施主、設計士、丸二と横の繋がりが良く、顔を見ながら話しのキャッチボールができ、こちらの希望以上の結果が生まれることもありました。」と御主人です。「建築部材の価格にも詳しくなりました。色々勉強して、設計期間中はプチ建築家になった気分でした。もう一度家創りに挑戦したらもっと上手にできるかも・・・」と笑いながら当時を振り返るお二人です。
情報を集め、整理し、活用して行くことが家創りの成功のポイントになった様子です。
平成16年秋に工事着工となります。「丸二さんは入居者毎に現場監督を就け、責任を明確にして丁寧に対応してくれました。」と奥様。コーポラティブは、マンションであっても1戸1戸間取りから水回りの位置、配線に至るまで全て異なります。また建築途中では、図面では予想できなかった建物構造上の仕様を解決しなければならない場合があります。日比野邸のリビングのアクセントになっている鉄柱は構造材です。「普通は壁に埋め込んだりして隠しますが、少しでも広くなる様に敢えて剥き出しにして、ペイントしてもらいました。その他建築途中で発生した変更にも、丁寧に対応してくれました。」と御主人です。「コーポラティブですからこだわりのある方ばかり・・・皆さん無理を言っていたので、丸二さんも大変だったと思います。中でも私達は、珪藻土塗りの天井と壁があったり、素材へのこだわりがありましたので、特にお世話をかけました。」と奥様です。
「建物全体もシッカリとできています。防音性も高く、マンションで起こりがちな音の問題もありません。今の世の中、一部の建設会社がコスト削減のために何処かで手抜きをするから色々な問題が起こる。そんな中で、丸二さんは建設会社がやるべき当たり前のことを堅実に行っている会社だと思います。」と御主人の言葉です。勿論、今でも丸二とのお付合いは続いています。「またすぐ来てもらえる様に、痕跡を残してくれました。」と笑いながらおっしゃる御主人の言葉を受けて、「大きなトラブルはありませんでした。住んでみるとちょっとしたことでもな気になる点が出てくるのは仕方がないことです。電話をすると監督がすぐ飛んで来てくれます。誠実な対応をしていただいています。」とおっしゃる奥様です。
コーポラティブハウス「CURA」は平成17年12月に竣工、日比野邸は18年1月初旬に入居となりました。
「ある雑誌に掲載された日本の名旅館の部屋を見て“ここに住みたい”と思い、そのイメージで創りました。」と御主人。和のテイストとモダンが調和した美しいインテリアが実現した日比野邸をご紹介します。
「狭いけれど京都の町屋風です。」と御主人がおっしゃる玄関は、黒の天然石が敷かれ落着きのある雰囲気でお客様を迎えます。エントランスの廊下を抜けると南側に広がるベランダまで一体感のあるリビングです。 西面の壁はコンクリートの打ち放し、東面の壁と天井は珪藻土塗りです。「珪藻土の効果はすごい。この冬、結露が全くありませんでしたし、鍋料理の後の匂いも気になりません。」と口を揃えるお二人です。そして、床は22センチの幅に3センチの厚みがある相生杉です。天然の塗装材“オスモ”で、木目が映る優しい面持ちのブラウンに仕上げています。「香りの良いヒバ材を使いたかったのですが、反りが出るので諦めました。この相生杉は乾燥もしっかりしているのでお薦めです。」と御主人。
古材を使った漆塗りのリビングボードや食器棚などの家具が和の趣をさらに深めます。「家具は設計段階からサイズを検討し、オーダーしました。食器棚は両サイドから取り出せる様にし、電子レンジなどのキッチン回りの物も収まる様に作りました。」と奥様。また、漆独特の色合いと風合いを醸し出す漆和紙をキッチンの前壁や戸に用いることで、温もりのある美しい空間を演出しています。
リビングの雪見障子を開けると広いベランダです。オーストラリア檜のウッドデッキ材を敷き、リビングと同じ高さにしたことで開放感が生まれています。
リビングの東側に続くのが和室です。目積みの畳を敷き、襖は漆和紙で仕上げています。東側の壁は隣接するマンションがあるため、窓を低位置に設け、光を取り込む工夫をしています。そして御主人がこだわったのが檜の柱と漆塗りの床の間です。「檜はやはり魅力です。自分で探した物を設置してもらいました。床の間の敷き板は布を張りその上から漆を塗りました。この家で一番高価な場所ですが、誰も気付いてくれない。」と笑いながらおっしゃる御主人です。「押入れの内材は丸二さんお薦めの桐です。吸湿効果が高く、気持ちの良い使い心地を実感しています。」と奥様です。
次は書斎です。北東に位置する場所ですが、窓を大きく設け明るい空間になっています。壁は全面作り付けの本棚、床材には床暖房に適した栗を使用し、仕事に集中できる環境を創っています。
最後は北側に面したサニタリーです。「お風呂は窓を設けました。湿気が抜けるし、開放感があり寛げます。そして、洗面室の床は檜を敷きました。お風呂上りの足に心地良いです。」とコーポラティブならではのお風呂の仕様に満足な様子の奥様です。
適材適所の素材使いと、細部に至るまで計算し尽くされた仕様が、洗練されながらも温もりのある空間を生み出している日比野邸です。
京都生まれの日比野さんご夫妻は、日本の伝統的な和紙や漆塗りに以前から興味をお持ちでした。「日本古来の伝統的な物が好きです。使い込む程に味わいが生まれるところが良いですね。」と御主人はおっしゃいます。天然素材の持つ性質と美しさを存分に生かした日比野邸、その住み心地は・・・
「住んだ当初から馴染んだ感じがありました。自分達の生活のキャパシティに合わせた設計が実現し、ライフスタイルに合った暮らしが楽しめます。」と奥様。
そして、御主人は「自分達の暮らしと美意識に合った居心地の良い空間ができました。家具が入り、人が入り、家はできあがる、そしてこれから育てて行く。使い込んでプラスアルファが生まれる家になるはずです。」と印象に残る言葉を下さいました。
訪れた者が一泊したくなる想いにかられる日比野邸でした。