花屋の店頭でシクラメンを見かける季節になりました。朝夕の空気もひんやりと感じるようになってきた10月最後の土曜日に、JR山手線「高田馬場駅」から徒歩10分程の場所にある、賃貸マンションとご自宅を併用されたN邸をお訪ねしました。
コンクリートとウッドフェンスの組合せが洗練された雰囲気を醸し出す佇まいは、道行く人の目を惹きます。「NERV」と称されたこの建物は、3階がご自宅、1~2階と3階一部には賃貸マンション18戸があります。
「NERV」の建築主は今年92歳になるお母様。今回主にお話をしてくださったのは、ご長男夫妻です。「同じ敷地内に、母と姉が住むこの建物と、弟の家、そして私達 の家が建っています。建築期間中は、母と姉は熱海に仮住まいをしていました。建設に関しては、弟が銀行関係を、私達夫婦が建築の打合せを担当しました。」と話していただきました。
この土地は、何百年も前から代々受け継がれてきた場所です。敷地内に残る守り神のお稲荷さんや、古井戸の跡がその長い歴史を物語っています。「私が嫁いできた時は、この辺りは平屋の建物が連なる風情ある街並でしたが、今はビル化が進みすっかり変わってしまいました。」と、当時を思い出すようにおっしゃるのは奥様です。建替え前のお住まいは、明治時代に建てた木の生い茂る広い庭がある家でした。60年以上をそこで過ごされたお母様は、愛着も深くなかなか建替えの決心がつかなかったご様子です。しかし、土地は所有しているだけで固定資産税や相続税などの税金がかかります。安定収入が得られる賃貸マンション経営は、大切にしてきた土地を次世代に受け継いでいくための有効な方法でした。お母様の決心も着き、計画が具体化したのは、平成15年暮れのことでした。
利便の良い場所であり学生も多いことから、需要を見越して周辺では賃貸マンションの建設が増え続けています。入居率を高め、長期に渡り安定収入を確保するには、他の賃貸マンションとの差別化がポイントになります。「NERV」のコンセプトは、"規格化された部屋ではなく、ゆとりと個性を大切にした入居者が寛げる空間を創ること"です。「弟が丸二さんと親交があった関係で、建設は最初から丸二さんにお願いすることに決めていました。
丸二さんからの紹介で、設計は五十嵐先生にご担当いただきました。ご自身でも賃貸マンション経営をされているその経験と発想から、他にはない個性的な設計を提案していただきました。」とおっしゃるご長男です。
「NERV」を訪れてまず驚くのは、中庭がある広い空間です。南棟と北棟に分けて渡り廊下で繋がれたこのスペースは、ベンチや踏み石が施され、植栽の緑が目に優しく映る憩いの場所になっています。広い敷地を有効に活用したゆとりある設計は、風通りも良く、湿気を防いで建物全体の健康も保ちます。「最初は贅沢すぎる空間でもったいないと思いましたが、今では一番気に入っています。」とご夫妻の感想です。そして、18戸ある部屋のほとんどが、広さ、間取り、仕様が異なります。とても賃貸とは思えない凝った創りと各部屋に持たせた個性が魅力です。「一時的な住まいではなく、入居者の方が自分の家として寛げる空間になりました。」と、その設計に満足されている様子がお話からも伺えます。
平成16年5月に工事着工となります。「社長の誠実な人柄、専務の明るく律儀な対応に信頼感も高まり、家族全員で安心して丸二さんにお任せしました。こちらの意向をよく汲んでくださり、とてもよいアイデアを出していただきました。」とご夫妻は当時を振り返ります。
建物は、地震に強く耐久性の高い堅固な鉄筋コンクリートの構造です。基礎も大掛かりな工事となりました。「通常の3階建てとは全く異なり、数十メートルも掘り下げ、何十本もの太い杭を打ち込む作業に、私達も驚きました。高層ビル並の基礎工事を目の当たりにして、"100年住宅"を実感しました。」とご長男。「解体から始まり、全ての工程を見てきましたが、監督さんはじめ職人さん方まで、皆さんがその時々の状況を細かく説明してくださいました。本当に良くやっていただき、有難く感じています。」とは奥様の感想です。「工事期間中はどうしても騒音が出る時期がありますので、ご近所の方に会った時には"すみません"と声をお掛けしました。でも、大掛かりな工事にも関わらず、近隣からのクレームも事故もありませんでした。」と工事は順調に進行しました。完成後は、「以前より陽当たりが良くなり周辺の景観が明るくなった」そうです。加えて、「建物のセキュリティーがしっかりしているため、近隣の防犯面でも安心できる。」とご近所での評判も上々です。
「NERV」は7ヶ月間の工事期間を経て、平成16年12月に竣工となりました。
「建設期間中から"カッコイイ建物ができている"と通学途中の学生が何人か見学に来ました。完成前にすでに3戸の入居が決まり、正月からの募集でほとんどがすぐに決まりました。」と賃貸経営は順調です。仲介の不動産会社にとっても、「間取りも仕様もそれぞれ異なっていて面白いですね。お客様に紹介するのが楽しみです。」と、興味深い物件になりました。「入居者募集に当たって、五十嵐先生が不動産会社に物件説明をしてくれたことも有難かったです。部屋ごとに異なる、納得のいく家賃設定が実現しました。」とおっしゃるご夫妻です。入居者は、会社員から学生まで様々ですが、皆さん静かで快適な住環境が気に入っている様子です。
取材当日たまたま空室だった室内を拝見することができました。スポットライトの間接照明、コンクリートの打ち放しに温もりのあるコルクを張った壁、明り取りの円いガラスブロックなど、斬新で洗練された内装デザインも魅力です。加えて、独立したバスルームとトイレ、大きな収納、室内に設置した扉のある洗濯機スペースなど、機能的にも優れた配慮がなされています。賃貸とは思えない、入居者が自分の空間として楽しみ、寛げるスペースが実現しています。
「NERV」のエントランスにある自宅専用の独立したエレベーターホールから3階へ直行します。建物南側がお母様とご長女のお住まいになっているご自宅部分です。明るく、天井の高い、広々とした空間が印象的です。ルネス工法を取り入れ、床はバリアフリー、もちろん床下は全て収納スペースになっています。「ルネス工法は全く知りませんでした。完成後の広い床下空間を見て驚きました。3階にある賃貸1戸もルネスが取り入れられています。入居者の方は、大きな床下収納にとっても喜んでいました。配管が床下にあるとメンテナンスも容易だと聞きましたがその通りだと思います。」とご長男の感想です。
ご長女からは、「明るくて天井が高いところが良いですね。丸二さんからは、"地震が起きても絶対に外へ出ないでください。この建物は関東大震災クラスの地震でも倒れることはありませんから"と言われています。基礎工事がしっかりしているので安心しています。」と感想をいただきました。
今でも庭に生い茂っていた木々を懐かしがるご様子のお母様は、「リビングが気に入っています。どなたがお見えになってもここで談笑できる気軽さが良いですね。」とおっしゃいます。
また、「NERV」の3階はご長女が、1階と2階はご長男ご夫妻が日頃の掃除を担当されているそうです。「年に5~6回は専門の清掃業者が入りますが、普段は私達で階段や廊下を掃除します。建物をキレイに保つことは、皆の約束事です。」とおっしゃるご長女です。相談事や取り決め事がある時は、皆で集まり話合います。「家族全員が仲良く、同じ敷地内で暮らせることは今の時代幸せです。」とおっしゃるご一家です。
完成してから10ヶ月が経過した「NERV」ですが、丸二とのお付合いはますます深まっています。「何かあるとFAXで丸二さんに連絡を入れます。すぐに返事が来て、こちらの希望に添った形で対応してくれます。定期点検以外にも、何かあるとすぐに頼んでいる状況です。」とご長男はおっしゃいます。この日も、丸二の監督と大工さんが訪れていました。「せっかく縁ができたのだから、五十嵐先生と丸二さんを、親戚や友人に紹介していきたいと思っています。」とお言葉をいただきました。
今でもメガネをかけずに毎朝新聞をお読みになるお母様。姿もお声もとても92歳とは思えない凛とした美しさをお持ちです。「関東大震災でも、太平洋戦争でもここは崩壊せずに残りました。戦争では、高田馬場駅周辺は焼けて真っ黒、建物はペシャンコになりそれはもう悲惨で・・・ここからでも駅が見えるほどでした。」と貴重な体験をお話くださいました。またこんなことも・・・「昔の学生さんは気っ風が良くて、大きな声で話ながらこの前を歩いて行きました。お酒が入ると皆で大きな声で校歌を歌いながら下宿に帰って行ったものです。それに比べると最近の学生さんはおとなしくなりました。」と、時代の流れを感じるお話も興味深いものでした。
「近くにいらした時は、またお寄りください。」と温かい言葉に見送られ、立ち去り難い思いの残る取材となりました。