世田谷区砧、利便の良さに加え、近くには大きな公園や病院もあり、住環境の整った地域です。
世田谷通り沿いの商店街を入ると閑静な住宅街が広がります。その一画に建つ「K」。13世帯からなる、地下1階、地上5階建てのコーポラティブハウスです。初夏の陽射しは、Rがかかった美しい色の外壁を鮮やかに照らしています。エントランスの緑は涼しげな風に揺られ、いっとき夏の暑さを忘れさせてくれます。瀟洒で洗練されながらも表情豊かな外観の「K」は、道行く人の目を惹きつけます。
以前ここに建っていたのは、戦後間もなくから地域の方に親しまれてきた銭湯でした。その銭湯が廃業に伴い、土地を売却される地主さんの "コーポラティブ方式であれば周辺環境を壊すことなく、地域に溶け込める建物が実現できるだろう" との思いから「K」は「世田谷砧コーポラティブハウス」として企画され、参加者募集を開始します。プロデュース「NPOとしまち研」、コーディネイト「(株)すばる企画」、設計監理「(株)ケイ吉嶋・プロジェクトパーティ」、建設施工「(株)丸二」でプロジェクトは進められ、平成14年5月工事着工、平成15年6月竣工となりました。7月初旬の土曜日、「K」を訪れ、岩瀬さんご夫妻と岸さんご夫妻にそれぞれお話を伺いました。今回ご紹介するのは、3階にお住まいの岩瀬さんのお宅です。
「K」の植栽豊かなエントランスを抜けて中に入ると、オレンジ、イエロー、ホワイト、ブルーと色鮮やかな各住居への扉が目に入ります。建物の真ん中は、地階から5階まで階段を設けた吹き抜けスペースになっています。ホールブリックの壁から抜ける風が各住居に通る、ゆとりのある構造です。エレベーターで3階に上がると、オレンジの扉が岩瀬さん宅への入口です。
長年この砧で、内装工事業を営まれてきた岩瀬さん。そろそろ引退を考え、田舎で暮らすことも考慮しますが、 "歳を取ったら、利便の良い場所で暮らしたい" という奥様の願いで、慣れ親しんだこの場所で家を探してみることに・・・そんな時、新聞チラシでコーポラティブ募集を目にします。
建設場所も近く、自由設計ができ、割安な価格であることが岩瀬さんの興味を引きます。大手建設会社の分譲マンションを仕事で手掛けられたこともある岩瀬さん、「デベロッパーの分譲マンション購入はまったく考えてなかったね。やはり、自分の好きなように創りたかったから。」とおっしゃいます。設計監理を担当した(株)ケイ吉嶋・プロジェクトパーティの社長さんと知り合いだったことで安心感も募り、土地を確認し、話しは急速に進展、一週間後には申し込みをされます。すでに管理組合は結成され、入居者はほぼ集まっていた状況での参加となりました。
平成13年12月から岩瀬さんはこのプロジェクトに加わり、家創りは開始します。
途中からの組合参加となった岩瀬さん。総会後の食事会などで組合員の方ともすぐ親しくなり、組合員同士のコミュニケーションの良さに安心感も高まります。
総会ではプロジェクト進行に伴い様々な説明がありますが、どうしても専門用語を使った難しい解説になりがちです。岩瀬さんのほかにも、大手建設会社や不動産会社にお勤めの建築知識を持った組合員の方がいらっしゃり、疑問点はその場で質問、素人の方にも解るように噛み砕いた説明を求めました。「素人には理解できないと思われる部分を、あえて質問しました。組合員全員が理解、納得できていれば、トラブルも事前に防げるでしょ。」と岩瀬さんは気を配られていた様子です。
「うちが参加した時点で、建設会社は丸二さんに決まっていた。実際知らなかったし不安はあったね。信頼しているケイ・吉嶋さんが組まれる建設会社だから、いいかげんな会社ではないだろうというのが正直なところかな。」と岩瀬さん。
仕事先で偶然見かけた丸二の工事現場を覗き、下請けの方に様子を尋ねます。安心感まではいきませんが、 "まあまあ良いかな" という印象を受けます。基礎工事が始まると現場を訪れます。特に、基礎工事中は何度か足を運び、状況を確認します。「建物は躯体がしっかりしていることが一番大切。あとは建築に関しては大なり小なり文句が出るものです。」と建築業に携わってきた経験からおっしゃる岩瀬さんです。また、「大手、中小に限らず、建設会社の弱点は配管や電気設備。今回の工事でも感じましたね。下請け作業になるので仕方がないと思うが、教育することも必要では・・・特にコーポラティブはエアコンの配置ひとつとっても皆異なるでしょ。配管や配線に関してもそれなりの配慮が求められるはずですよ。」とおっしゃいます。岩瀬さんは工事期間中に気になる点は必ずチェック、その都度直してもらいました。
「買う側にとったらコーポラティブは最高。でも創る側は大変な仕事だね。一戸毎に間取りから設備仕様まで全部違うのだから・・・やりたくない仕事ですね(笑)。」と、実際にコーポラティブの内装も手掛けられた経験がある岩瀬さんの感想です。
平成15年6月27日に入居された岩瀬さんご夫妻。1年経ったとは思えないほどきれいな室内です。
無垢の木で造られた重厚感あるドアがまず目に入ります。「歳を取ったら落着いて寛げる雰囲気が一番。木の温もりにこだわりました。」とおっしゃいます。建具は全て木で統一した17畳はあるというリビングからオープンになった和室につながり、開放感ある空間が広がります。客間にもなる和室に設けた雪見障子からは、ラティスを施した庭のようなベランダが望め、戸建てに居る雰囲気が味わえます。南側と北側2箇所にあるベランダの床には木を敷詰め、広さを演出しています。
玄関を除いて、床は完全なバリアフリーです。「終の棲家にするつもりですから・・・トイレも浴室も車椅子で入れる設計をお願いしました。手すりもつけて先々に備えています。」と笑いながらおっしゃるご夫妻です。
納戸は手持ちの箪笥4棹が収まるように設計、リビングカウンターの下にも収納を設け、いつもスッキリと整理できています。また、「この建物は風の流れがとても良く考えられています。お陰で玄関から浴室に至るまですべての部屋に窓を設けることができました。夏も涼しく、湿気も感じません。」と、窓の位置や大きさに注文をつけたとおっしゃいます。さらに、ペアガラスを使用しているため、室内の温度は1年を通じて一定で、冬の朝でも室温は17度近くあるそうです。「冬でも床暖房と陽当たりだけで暖かく過ごせます。」と奥様。上階のお宅ではピアノやバイオリンを弾かれますが、窓を閉めれば、外からの音はまったく聞こえません。人にも建物にも優しい快適な住環境が実現しています。
昨年6月の入居と時期を同じに仕事を引退された岩瀬さん。この1年間は家で過ごす時間が多かったそうです。「住み心地は良いですよ。ここに来た方は皆さん落着くと言ってくれます。」と満足されている様子の岩瀬さんご夫妻です。
コーポラティブの魅力はやはり自由設計とおっしゃる岩瀬さん。「K」の設計は、岩瀬さんと先代からお付合いがあった(株)ケイ吉嶋・プロジェクトパーティが全戸請け負っています。
「図面を見たら、共用部分にかなり贅沢なスペース取りをしている。その分の負担は入居者に廻ってくるので無駄ではと話をしたら、 "これだけは絶対に譲れません" ときっぱり言われてね。ポリシーをしっかりと持ったその姿勢に安心したね。」と岩瀬さん。「うちを除いて他12世帯はすべてケイ吉嶋さんのスタッフが担当しています。設計士の方に "こんなことではなくてもっと大事なところにお金を掛けなさい” と言われていたお宅もありました。全て予算が絡んできますので、ハッキリとしたプロのアドバイスは必要です。」と奥様。岩瀬さん宅の設計は、ケイ吉嶋の社長さんが指名した、本企画「お宅訪問No.7」にも登場していただいている今泉さんでした。「社長からアドバイスをもらいながら、いろいろ贅沢を言わせてもらい、条件をのんでもらいました。」とおっしゃる岩瀬さんです。
「コーポラティブはシステムがまとまるまでが大変。仕事仲間からは、途中でもめて工事が中断し工期が遅れたケースもあると聞いた。でもここは13世帯まとまりが良かった。問題があっても総会で解決、次に持ち越すことはなかったね。順調でしたよ。」と岩瀬さん。「他社のコーポラティブ申込みにもれて、ここに参加した方が2世帯ほどありました。住人間のコミュニケーションも良好、センスある造りに、1年経った今では、 "ここで良かった" とおっしゃっています。」と奥様のお話です。
岩瀬さんが「まるで住宅展示場みたい」と表現される「K」。13世帯間取りが異なるのは元より、メゾネットあり、フラットありと区画も様々です。他の12世帯全部を見せてもらった岩瀬さんご夫妻。「他の人にも全部見て欲しいくらいおもしろいですよ。あるお部屋は小さいお子さんのため、天井には青空と雲が一面に描かれている。若い方の斬新なデザインに驚かされました。」と楽しそうにおっしゃる奥様です。
内装業を営まれたプロの目から見ても、コーポラティブは安いとおっしゃる岩瀬さん。「知っているだけに、提示された価格に不満がないとは言えない。でも、全戸全て仕様が異なるのを実際目にして、これだけ種類の違う材料を使用したら納得できる価格です。デベロッパーのマンションと比較したら2~3割は安い。」と、遊びに来られた会社の後輩にもコーポラティブを薦めているそうです。奥様は、入居者同士のコミュニケ―ンが暮らしやすさの必須条件とおっしゃいます。「今の時代、マンションでの生活は便利ですが、お隣さんとのお付合いは希薄になりがち。ここは、入居までの1年半の間に皆顔見知りになり、普段の挨拶ひとつにも自然と親しみがこもります。」と実感のある言葉です。
そしてこんなお話も・・・「まぁ、うちはよく喧嘩しました。間仕切りひとつ決めるにも喧嘩です。でも今となれば夫婦の良い想い出ですよ。」と岩瀬さん。「これからの時代、コーポラティブは絶対お薦めです。」と声をそろえておっしゃる岩瀬さんご夫妻です。
ここ「K」には様々な専門職の方がお住まいです。館名になった「K」は大手広告代理店にお勤めの方の提案、エントランスにある館名版は、グラフィックデザイナーの方がデザインしました。「銀行員からフリーの方、色々だからおもしろいよ。いろんな専門知識が集まるから助かるしね。」と岩瀬さん。明日は、1階の岸さん達が中心になって開かれる「流しそうめん大会」に参加します。茹でたそうめんと茶碗、箸、飲み物は参加者持参だそうです。
下町育ちの岩瀬さんご夫妻。これからは、旅行に行ったり、下町の季節の行事を覗いたり、お二人の生活を楽しみたいとおっしゃいます。「ここの和室に小さな火鉢をおいて、鉄瓶でチンチンやりたいし、まだまだこの家でも自分達の希望はたくさんあります。」と奥様。岩瀬さんも「学校から帰ってきた子供達をよくからかってるよ。」とここ「K」での生活を楽しんでいます。
「この間設計士の今泉さんに会ったよ。 "結構仕事が入っている" って言うから良かったよ。」こんなことを最後にポツンとおっしゃった岩瀬さん。歯に衣着せぬ物言いのお話の中に、まわりの方に対する思いやりがうかがえます。そんな面倒見の良い、人情味あふれるお人柄の岩瀬さんは、「K」の住人の頼りになる存在になっているようです。
現在丸二では、7棟目となるコーポラティブハウスプロジェクトを推進しています。今回の取材で得た岩瀬様のご経験からの様々なアドバイスは、コーポラティブハウス施工日本一を目指す丸二にとっても、今後の大きな励みになることと思います。
次回は「K」のメゾネットにお住まいの岸さんのお宅をご紹介します。