地球環境が見直される今、「エコロジー」をテーマに環境と健康を最優先に建設された「きなりの家」。ライフスタイルに高い意識を持った人達が集まり、自ら創りあげたコーポラティブハウスです。入居希望者が集まって共同で土地を購入し、各自の希望を取入れながら設計、建設を自らが進めていくスタイルの集合住宅です。総戸数14戸、平均81.6平米/戸、日野市にありながら山並と川の流れを感じ、畑の残る環境に、平成13年1月完成しました。建設組合が結成されてから約2年での入居です。その外観からも環境に対する配慮が窺えます。住む人の意識から存在感のある佇まいが生まれました。
お尋ねしたのは「きなりの家」の組合長を務める千賀さん宅。中心となりこのプロジェクトを進めてこられました。千賀さんは大学教授であり、環境関連の著書やコラムも書かれています。千賀さんの環境と自然に対する想いが、お住まいにも現われています。
川越の一戸建にお住まいだった千賀さんご家族は、府中に住むご両親の近くに越すことを考えます。こだわったのはまず環境。東京でもまだ緑の残る日野市付近で戸建を探します。しかし、よい環境を保つには、地域とのコミュニケーションが必要です。そして価格も高いと難しい状況にあった時、エコロジー住宅の第一人者、相根氏プランニングの「エコ・コーポラティブハウス」の募集を新聞で目にし、説明会に参加します。「環境に対し意識のそろった人のコミュ二ティ-ができ、自然素材の材料もまとめて購入できるのでコストが安くなる。」最初はこんな理想的な計画が今の日本の建築業界で可能なのかと疑問視しますが、奥様の情報協力もあり申し込みをされます。応募者全員が充分納得いく上でこのプロジェクトに参加できるよう、相根氏と一人一人が話合の場を持ちました。そして、集まったのが「きなりの家」14戸の住人です。ここから建設組合の出発です。相根氏の適切なアドバイス、コーディネーター日高氏の粘り強く落着いた協力を得て、運営が進行していきます。
建設組合が主体となり、設計者(アンビエックス)、施工会社(丸二渡辺建設)、コーディネイター(ランドブレイン)三者と契約を結びます。土地の購入から始まり、設計、建設、運営と組合員全員で自ら進めていかなければなりません。完成まで10数回の会合、理事会においては20数回の話合の場を持ちました。特に共用部分は設計確認から始まり、ディテールを全員で決めていかなければなりません。外壁、エレベーター、駐車場等について様々な意見が交わされます。時には意見の対立もありました。そんな時はただ多数決の決定はせず、とことん話合います。2回3回と話合う内に、新しい解決策が必ず生まれます。議論の中でお互いの心の内が解り、相互理解が生まれます。全員で試行錯誤しながら、外断熱、ルネス工法、健康仕様を取り入れた3階建てエコロジー・コーポラティブハウスは平成12年3月工事着工、平成13年1月完成を迎えます。
外壁には廃材の貝殻を埋め込みました。生ゴミは屋上菜園で堆肥として使用、ゴミはできるだけ出しません。環境への配慮がこんなところにも見られます。
建設期間中も組合員のコミュニケーションは深まります。1、2階外壁の珪藻土はボランティアの協力を得て自分達で塗りました。所々ムラがあってよい風情です。現在工事中のビオト-プは子供達も参加しての手創りです。ここの子供達はよく外で遊びます。千賀さん達の環境に対する意識が次世代に伝わっていきます。大工クラブ、植栽クラブもできました。エントランス、中庭等に置かれた手作りの木製プランターにスミレが飾られています。行く行くは自転車置き場の屋根も創る予定です。屋上の菜園も各戸数分確保されています。
また、建物の前に広がる雑木林の一画を日野市と交渉し「きなりの家」で管理しています。建設組合から自主管理組合への移行も、全員のコミュニケーションの良さが手伝ってスムーズに行われました。共用部分の掃除は持ち回りで行います。無駄な経費が省け、現在は1戸当たり月800円と驚くべき管理費の安さです。
エントランスに設置した風力発電機も実際に公共部分の電気料の半分程を供給してくれます。
(注)珪藻土:植物プランクトンが1~2千万年の間堆積し化石化した土。木炭の数千倍という超多孔質が、清浄、調湿、消臭作用を果たす。
ビオトープ:ドイツ語で環境を意味する、水環境対策の一名称。生き物の共同体生息の場。
写真千賀さんが入居されたのは昨年1月。他の方も1月から4月までに全員入居。当初から屋上でバーベキューをしたり、休日の夕方になると中庭に誰彼ともなく集まり飲み会が始まるのだそうです。広く取られた共用スペースが役立っています。とにかく楽しそうな住居です。いいお付き合いは心が潤います。いざという時も心強く安心です。合意形成に慣れていない日本ではコーポラティブは難しい面もあります。「エコハウスではなく自分本意のエゴハウスになってしまう場合がある。」とは千賀さんのお言葉。でも成功すればこれほど理想的な住居はありません。
「きなりの家」の実現で日本でもエコロジー・コーポラティブハウスが不可能ではないことが解りました。「今後日本でももっと普及して欲しい、そのためには見学の場としてここを提供することも考えています。」とおしゃってくださいました。
千賀さんのお宅のドアを開けると木の香りと空気の柔らかさを実感します。床は唐松です。唐松は戦後、紙チップ用に大量に植えられたものの現在ではその需要がなくなり、安価で手に入るそうで、林業にも環境にも貢献です。「多少の暴れが出ますが、それが自然の良さでしょう。」と意に介さないのは千賀さん。
壁は調湿、空気清浄、消臭作用等がある珪藻土塗り、ドアや扉は全て杉です。天然素材自身が呼吸しているせいか、呼吸がとても楽に感じます。トイレの内壁にも木を使用、浴室の壁は檜、浴槽は高野槇で創りました。お湯が滑らかになり、身体と心を癒します。他の家の子供達も入りにきます。
千賀さんが驚くほど実感しているのが外断熱効果です。この日は外気温度14度。暖房を使用せず、窓を開けた状態で室内温度は20度ありました。真冬の寒い日の朝でも室内温度は17度あるそうです。内側のコンクリートが蓄熱し、外側の断熱材が外気をシャットアウト、室温が一定に保たれます。そのためカビの原因となる結露もまったくありません。一年を通じて冷暖房器具が必要な時はほんのわずかです。屋上に設置された太陽光温水器からは夏は70度、冬でも50度のお湯が提供されます。光熱費の節約に大いに役立っています。ルネス工法で配管設備も全て床下に、もちろん床下収納も活躍しています。外断熱とルネスで100年住宅も実現しました。
「協力頂いた方々皆さんが、新しい試みを支えてくれました。丸二さんもがんばってくれました。いろいろ大変だったと思います。」と千賀さん。丸二渡辺建設にとって、コーポラティブ事業は初の試みとなりました。初めて使う天然素材もありました。集合住宅といっても、各14戸全て間取りと仕様が異なります。皆さん住まいや暮らしについての意識も高く、こだわりがあります。その希望に一つ一つ対応します。建設途中の設計・仕様の変更、入居後の思いもよらなかったクレームもありました。「起こった問題にはその都度、誠実に対応してもらいました。大変だったとは思うが、またぜひエコロジー・コーポラティブ事業に取り組んで欲しいです。」と千賀さんはおっしゃいます。
日野市役所近くの高台の一画。南面道路を挟んで目の前に雑木林、その下には浅川が流れます。一階からも富士山、多摩の山並が目に入ります。雑木林は春には山桜、初夏は新緑、秋は紅葉、冬はヒマラヤ杉に積もる雪景色、都内とは思えない四季を楽しませてくれるそうです。そんな中に午後の陽射しを燦燦と浴びた「きなりの家」がありました。ビオトープのあるエントランスを入ると木の香りがします。そこにはテラコッタタイルが敷かれた広い共用スペースに囲まれた吹抜けの中庭がありました。小さな女の子が水をまいています。西欧の住宅に迷い込んだ雰囲気です。取材の途中で出会った方が明るく挨拶をくれました。千賀さんは「昔の下町の長屋みたいです。味噌や醤油もお隣に借りに行きます。住人皆が家族の様ですよ。」と楽しげにおっしゃいます。きっとここで育った子供達は、自身もまたここで子供を育てたいと思う様になるのでしょう。 きなり・・・天然素材の良さが生きて、素朴でありながら、使い込む程に身体に馴染み、その風合は増して行きます。そんな名前がピッタリのここ「きなりの家」。真の豊かさに出会えた気がしました。50年後、100年後が楽しみな住宅です。