2014.02.21
浅田真央選手とロシアの大地
今朝のニュースで、ソチ・オリンピックの浅田真央選手のフリーの演技を見ました。涙が出ました。一日前のショートの演技を終えてから、きっと息すらも出来ない程の極限的な24時間を過ごされたことと思います。その深い、深い精神の闇の中から(自らの意志の力で)脱出することなど、通常の人間では不可能です。その闇を遂に自力で破り、平常心を取り戻し、その結果としてのフリーの演技は、何と自己ベスト更新だったそうです。しかも史上初の8回の3回転ジャンプを決めました。残念ながら(競技としての)メダルは逃してしまいましたが、「人間の強さ」としての(目には見えない)金メダルを授かったような気がします。それは、決して誰も(物理的に)手に入れられない種類のものでしょう。本当に見事でした。心から拍手と賛辞を贈りたいと思います。
浅田真央選手のフリー演技の音楽は、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」でした。私が大好きな曲です。ショートの方はショパンの「ノクターン」でしたが、ショパンの音楽はどうも苦手です。「別れの曲」の印象が強く、どうしても寂しさや悲しさをイメージしてしまうからです。ラフマニノフはロシアの作曲家です。同じロシアで有名なのはチャイコフスキーですが、私はチャイコフスキーよりもラフマニノフです。なぜかと言うと、音楽的には分かりませんが、ラフマニノフの方が「深い」気がするからです。浅田真央選手が選んだ「ピアノ協奏曲第2番」がその代表曲ですが、「交響曲第2番」も素晴らしいです。特に第3楽章のアダージョは心が洗われる音楽です。私が学生時代に製作した8mm映画にも、このアダージョを使ったことがありました。
ロシアの作曲家と言えば、ストラヴィンスキーも好きです。「春の祭典」や「火の鳥」が有名ですが、「原始主義」と呼ばれる作風で、当時のクラシック音楽界においては超異端的な存在でした。それは音楽と言うよりも、原始的な激しいリズムによる音響絵巻の様なもので、所謂メロディーらしきものは(ほとんど)在りません。「春の祭典」の初演時は、遂に観客が(演奏中に)怒り出し、劇場内が大混乱に成りました。それでも私はこの「春の祭典」が大好きです。荒涼とした寒い寒いロシアの大地の奥深い「地底」から湧き上がる様な「超大なエネルギー」を感じるからです。浅田真央選手の精神にも、きっとこのような根源的なエネルギーが宿っていたのではないでしょうか。
ロシアの映画監督では、何と言ってもタルコフスキーです。このブログでも紹介した「惑星ソラリス」「ノスタルジア」「サクリファイス」の監督です。その映像の美しさには、本当に凄いものがあります。同時に、「音」に対する感性が独特です。水が流れる音、火が燃える音等、自然界に存在する「静寂なる自然音」を、まるで日本人が秋の虫の声に感じる様な「わび」「さび」の世界として表現しています。西洋の人なのに東洋の美意識が宿っているかのようです。最近DVDでタルコフスキーの初期の作品「僕の村は戦場だった」と「アンドレイ・ルブリョフ」の2本を観ました。共にモノクロの作品ですが、美しい映像と共に深い精神性を感じます。完全に商業主義に背を向けた作品ですが、このように完成後約50年が過ぎても未だに生き続けています。こういう「信念」の映画作家が、今は本当に少なく成りました。
また先日、妻と一緒に試写会に行き、もうすぐ公開のアニメーション映画「ジョバンニの島」を観ました。これは北方四島の1つである色丹島が、(終戦後)ソ連軍に占領された時の物語です。シベリアに連れて行かれた父親に会いに兄弟が雪の中を行くのですが、あらためて大切な家族を分断してしまう「戦争」の理不尽さを感じました。しかしながら本作では、ソ連軍あるいはロシア人を決して批判的には描いていません。そこにはロシア人の女の子との心の交流や、ソ連軍の寛大な措置も在り、現在の北方領土問題に対する問題提起と言うよりも、むしろロシアとの友好に力点が置かれているように感じます。
この物語の底流には宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」が在ります。ジョバンニとは、「銀河鉄道の夜」の主人公の名前です。よって、世界全体の幸福を願った宮澤賢治の精神が、本作の真の主張ではなかったのではと感じます。日本とロシアの関係は、アメリカとの関係よりも薄く感じられますが、地理的にも近く、民族的な親近感もあり、また何か似たような「自然観」を共有している観もあり、これからもっと友好を深めて行ければと願います。ロシアのソチにて、遂に浅田真央選手の「心の地底」からの巨大エネルギーが爆発しましたが、あのフリー演技後の、悲しみと喜びと入り混じった何とも言えない表情は、これからの日本に何かを与えたのではないでしょうか。過去の艱難辛苦の全て含めて、喜びへ転化させること。日本もロシアも、きっとそれが出来ると思います。
※(本文と全く関係無いですが)我が家の「じんべえ」君です。雪が大好きで、雪の後の散歩に出る時に、「早く来い!」と吠えられてしまいました。この子はきっと雪のロシアでも生きて行けるでしょう。